地獄にいると心が乾く、陸上自衛隊幹部候補生学校④

焼け付くすような日差しが照りつけ、翌朝は信じられないような大雨が降る。ここ久留米の街では今日は気象が候補生を苦しめ、そして強くする。ここは二度と久留米(くるめい)鬼川原(おにがわら)、心のふるさとの前川原駐屯地 陸上自衛隊幹部候補生学校だ。

1~3話はこちら

1.行軍は候補生を強くする

幹部候補生学校での訓練で思い出深いのは「行軍」だ。行軍とは「徒歩行進訓練」のことであり、幹部候補生学校では30km、40km、50km、100kmと徐々に距離を伸ばして実施する。この実は防大卒は何回も行軍訓練を行い、4学年のときには101km行軍をしている(いまは80kmらしい)「じゃあ防大卒なら楽勝じゃん」と思われがちだが、そうではない。普通にキツイのだ。防大卒だろうが部内幹部だろうが幹部候補生学校の行軍はキツイのだ。

行軍に関してはこちらも補足として御覧ください。

その理由としては前回書いた「九州は暑い」「めちゃくちゃ雨が降る」という気象条件に+αで「行軍のコースが鬼畜」だからだ。普通の訓練で行う行軍コースは平地が多いが、幹部候補生学校の行軍コースはすぐに峠を越えようとする。コンクリートの上を歩けるがひたすら峠を超えていくのである。イメージとしては箱根の山道のような感じで「おいおい~、この上り坂いつまで続くんだよ~」という感じでひたすら坂道なのである。その坂道に蒸すような気候、大雨で年によっては落伍者が相次ぐ死の行軍となってしまう。

出典元:防衛省(https://twitter.com/JGSDF_OCS/status/1311142532454035456)これは多分最初の1工程だと思う。



一部の人は「いやいや、防大卒と一般大卒が体力ないだけでしょ」というかも知れないが、陸曹教育隊で鍛えてきた若手~中堅の部内幹部も気象条件が厳しい年によっては倒れる人が続出するので、普通にキツイのだ。さらに部内幹部の前段教育(春~夏)はもっとも気象条件が厳しい時期に100km行軍を行うため、訓練風景の写真を見ると皆顔が死んでいた。経験と体力があっても幹部候補生学校の行軍はキツイのだ(特に北海道の部隊の人はキツそうだった)

しかし、その行軍においても「いや、俺はもっと強くなりてぇ」というサイヤ人のような益荒男もおり、そういう益荒男のために幹部候補生学校では「剛健ピース」というスペシャルオプションが用意されていた。この剛健ピースとは「コンクリートブロック」であり、何の役にも立たない重りを持って益荒男ぶりを競うのが粋とされていた。

しかし、この剛健ピースを入れた候補生が行軍中にバテたり、脱落したりすると剛健ピースは他の候補生が保つ必要がある。その場合、剛健ピースは呪われたアイテムとなり、候補生たちを強くするのである。

また他にも行軍中に一度も座らない「剛健休止」や対戦車ロケット(LAM)を持ち続けるなど強くなるオプションはあり、こういう新の益荒男を目指すBUの候補生たちは卒業後に空挺団、水陸機動団、特戦群などの戦闘民族がいる部隊に小隊長として赴任をしていった。

しかし幹部候補生学校の行軍は八女などの田舎を歩くため、夏にはホタルの大群を見たこともあった。また空に輝く満点の星も美しかった。辛い中にも私このような情緒を常に求めていた。

行軍については職種によっては全く行わないため、幹部候補生学校が最後になる幹部も多いが、空挺団に行くと年に数回100km行軍を行うと聞いた。ぜひ行軍マニアは習志野を希望してほしい。

2.藤山武装障害走

幹部候補生学校を語る上で外せないのは「藤山武装障害走」だろう。「武装障害走」とは戦闘武装をしてアスレチックコースを走る訓練である。どこの駐屯地でも行う訓練ではあるが、この久留米で行う武装走は一味違った。障害が多く、高低差があるのだ。そしてコースの途中に射場があり、匍匐前進後に小銃射撃を行うなど、一般の駐屯地で行う武装障害走よりバラエティが豊富であった。

出典:陸上自衛隊幹部候補生学校(https://www.mod.go.jp/gsdf/ocsh/hujiyama.html)

この障害の豊富さから誰かが「スーパーマリオ64じゃん・・・」といった。そうして候補生たちはマリオとして砂埃を上げ、藤山武装障害走に挑むことになった。武装障害走はとにかく障害とアップダウンが多く、ひたすら障害を乗り越えながら山の上を目指し、山の上には射場があり小銃射撃を行う。なお小銃射撃の前は匍匐前進を行うのだが妥協した匍匐をするとやり直しを食らうので要注意だ。

そのため射撃を行う頃には疲労感は強く、息が上がる。この状態で的に当てないとさらにペナルティの往復が発生するという仕様になっていた。射撃終了後は崖のような道を転がり落ちるように走り、模擬手榴弾を定められた円に投げる。ここでも手榴弾が定められた円に入らないとペナルティとなる。なお、私は練習中はすべてクリアしていたのに本番では手榴弾と小銃射撃でダブルペナルティを食らったことを覚えている。私はとことん戦士ではなかった気がする。とは同期の中には丸太柵で大切な金太郎を強打したり、「おかーさーん!」と叫んでロープから落っこちた候補生もいたのでまだマシな方だったのかもしれない。

また部内幹部の前段教育の場合、6月の雨季に武装障害走やるため崖が雨のようになり、よりハードモードになる。部内幹部の課程では36歳の候補生が泣きながら嘔吐したり、射撃前に銃口点検で銃口点検した棒が銃口で使えて抜けなくなって30秒ぐらいタイムロスし普段おとなしかった候補生が「おい!テメェ!早く抜けよ!」と熱くなってキレたりとこちらもこちらで楽しそうだった。

タイム短縮のためにジャンプをして怪我をしたりとBU幹部よりもさらにカオスだったようだ。

なお私はある日の武装障害走終了後に「やばい残波が押し寄せてきた」といって前日の飲み会で飲んだ泡盛の「残波」の影響でこっそりと小籔に吐いた。武装走の前に飲むのは危険なのだ。

3.防御訓練

幹部候補生学校では総合防御訓練が確か2回あった。1回目は1夜2日で2回目は3夜4日(2夜3日だった気もする)
この防御訓練ではひたすら防御陣地を作り、まるで奴隷のように穴を掘った。面白いことに防御訓練を行う日は必ずと行っていいほど大雨となり、地面に掘った陣地は水没し、戦闘服は濡れては乾き、濡れては乾きを繰り返してヨレヨレになっていた。

防御陣地は必ずしも見晴らしがよく、防御に適した地形が掘りやすいとは限らない。陣地に適した地形が根っこだらけの呪いの地面だったり、漬物石のような大きな石が無限に出てくることもある。そのため陣地はなかなか完成しない。夜は夜で蚊やハエが無限に沸くため、見張りのための歩哨壕はもはや虫との戦いである。眠れず、風呂に入れず、ひたすら穴を堀って夜は虫と戦う陸上自衛官の醍醐味を候補生たちはさんざん味わうのである。

出典元:防衛省(https://twitter.com/1D_nerima/status/1274114738528673792/photo/1)

このような泥だらけの環境にいると段々と感覚がおかしくなり、大雨の中で木陰にも隠れずに戦闘糧食を食べ「雨と食べたほうが水分も補給できて時短できる」と言ったり、謎の湧き水を「美味い」と飲んでいる同期もいた。ここまで来るとレンジャーの助教も「うんうん、剛健!」とご満悦である。

なお一般生活ではタバコなどの煙臭いと顔をしかめられるが、このような野外訓練では煙の臭いがあれば虫があまりこなかった。そのため私は同期からタバコの臭いを散々吹き付けてもらい、穴の中で蚊取り線香を大量に炊いた。その結果として虫は来なくなったが非常に煙臭くなり、付教官に「お前はこだわり居酒屋の燻製かぁ!」と意味不明な指導を受けた(多分ギャグだったのだと思うが)

また、もう一つよく覚えている思い出もある。大野原か大矢野の演習場は牧場と繋がっているため、牛が陣地に突っ込んできて偽装網を破壊したり、パンを食べたりと候補生が作った汗と涙の結晶は牛によって破壊されてしまうことがあった。私は班長役の際に防御陣地に展張していた偽装網が牛に破壊されてしまったので「小隊長、牛の襲来により陣地が多大な損耗を受けました」と報告したら、小隊長役の同期が「よし総員着剣しろ。今夜は焼き肉だ」と返してきた。私は訓練中に何を学んだかほとんど覚えいていないが、こういうジョークと小話だけは覚えている。

4.次回は男たちのやすらぎについて

過去からの銃弾が、魂を射抜く。
傷ついた魂は、敵を求め暗闇を彷徨う。
候補生たちは地獄の久留米で安らぎを求めた。
死んだはずの思い出が彼らの心を奮い立たせる。

つづく

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