陸上自衛官として必要なのはまず体力です。もちろん冷静な判断や根性も大切ですが、体力がないとそもそも話になりません。とにかく体力から全てはスタートをします。しかし 自衛隊は「体力がある人が入隊するところ」と思われがちですが、入隊時に体力がない人たちも実は一定数います。実はひ弱なもやしっ子でも入隊は可能です。 今回は「陸上自衛官は体力なくても訓練に付いていけるのか?」という問いに対して解説をしていきます。
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「体力がなくても大丈夫だよ~」の意味
自衛官募集を担当している地方協力本部のおじさんたちは高校生や大学生を「体力がなくても全然大丈夫だよ!」と勧誘してきます。また「昔はキツかったけど今は楽勝だよ」や「体力は入隊後にレベルに応じてつけられるから安心して」なども脊髄的にポンポンと話します。
しかし、この意味は「『入隊時は』体力がなくても大丈夫だよ!」という意味です。自衛隊は消防とは異なり、体力テストがなく入隊が可能です。そのため健康診断さえ受かってしまえば100m走ることができなくても入隊が可能です。そして真夏にさんざん走り、匍匐前進をして藪にこっそり「オエッ!」とえずいて強くなります。つまり入隊後に鍛えられて強くなっていくのです。
楽しい腕立て伏せ
陸上自衛隊になって散々行うのが腕立て伏せです。腕立て伏せは腕・大胸筋・体幹を鍛えるのに良いトレーニングです。ただ過去には腕立て伏せを「反省」と呼んでいる時期がありました。現在は行われてはいないのですが、一昔前の教育隊では訓練や日常生活でミスをしたときに「これから反省を実施する!」と言って腕立て伏せが始まりました。
最初は30回程度の回数からスタートするのですが「体力がなくても全然大丈夫だよ!」と言われ、入隊してきた新隊員にとってはなかなかの回数になります。また「30回できなくも大丈夫だからね」という感じではなく、「おい!お前は30回もできないのか!!」と班長に若干詰められる感じで行うので楽しさも倍増です。また反省は基本的に連帯責任で行われるので、腕立て伏せが弱い同期がいるとみんなで応援します。ここで同期の団結が深まっていくのです。
入隊当初は反省が終わった後、生まれたての小鹿みたいにプルプルしますが徐々に慣れていって強くなります。回数も日が追うにつれ、30回から40回、40回から50回など回数が増えていき「49.1、49.2、49.3」などの小数点カウントをされ、隊員は強くなります。反省の回数が多いと段々と脳内麻薬が出るようになり、まるで山盛りの二郎ラーメンを食べ終わったような達成感も味わえます。
身体が強くなり、脳内麻薬も出るとはまさに一石二鳥のトレーニングと言えるでしょう。なお陸上自衛官は腕立て伏せを下ネタと結びつけることが多く、腕立て伏せを降ろした姿勢を「イクイクスタイル」上げた姿勢を「キテキテスタイル」という人や、腕を曲げずに腰だけをヘコへコさせると「地面と交尾するな!」という人もいます。グラウンドファッカーにならないように綺麗な姿勢は大切なのです。
ハイポート
ハイポートとは手前に小銃を持った状態で走るトレーニングです。迷彩服で半長靴を履き「イチッ!イチッ!イチ!ニッ!」と歩調を区隊で走ります。服装や雰囲気含め、まさに自衛隊といったトレーニングになります。
ハイポートは天候問わず行うので真夏の太陽の下でも、降りしきる雪の中でも行います。ゆっくり走るので体力があれば楽勝ですが、体力がない新隊員がやると敗残兵のようにヨタヨタになります。ヘルメットも斜めに傾き、「オエッ!」と言いながら走る姿はさながら飲みすぎた翌日のお父さんといった印象を持ちます。
ハイポートにはチョンボ技があり、弾帯と呼ばれる腰ベルトに小銃のグリップをひっかけると楽になります。ただこれもバレると反省になるので要注意です(大抵はバレます)ハイポートは教官の好みで行われることも多々あり、駐屯地と訓練場が少し離れている場合でも「今日の移動はハイポート!」と言って30分近く走らされることもあります。毎日走らされるうちに強くなるので、これも修行の一環ですね。
けっこうつらい匍匐前進
「元陸上自衛官です」と言うと必ず言われるのが「匍匐前進はやったの?」です。もちろん答えはイエスです。陸上自衛隊に入隊をすると匍匐前進を必ず学びます。姿勢が低ければ低いほど敵の銃弾や榴弾を避けることができ、敵からも見つかりにくいので匍匐前進はメリットは沢山あります。
ただデメリットがあります。それは「超キツイ」ことです。匍匐前進は地面に這いつくばって進むので、肉体の全てを使う全身運動です。しかも砂や泥まみれになるのでこれも「オエッ!」となりやすい訓練です。そして訓練によっては数百mから数kmにわたって這っていくこともあり、心が折れそうになります。
なお匍匐前進の重要性を認識させるために実弾射撃を機関銃で行っている下を這う訓練や、爆薬を爆発させる訓練もあります。そうした訓練を通して隊員は「キツいけど横着して死ぬよりはマシ」と学ぶのです。私は匍匐前進は心臓が爆発になり苦手でしたが、得意な人は虫みたいなシャカシャカ動いて前に進みます。それは見るたびに「この人の前世は虫だったのかな」と思っていました。
歩けど歩けど終わらない徒歩行進
徒歩行進とは分かりやすくいうと「行軍」のことです。数十km~100kmの距離を小銃を含め20kg~30kgほどの荷物を持って歩く訓練です。決められた道を確かめながら、目的地まで歩くだけの訓練ですが、徒歩行進は疲労がどんどん蓄積されていくのでこれまたキツイです。100kmの徒歩行進になると3~4日ほどかけて行うので、疲労がどんどん貯まっていきます。もちろん途中で休憩などもありますが、もちろん野外で睡眠をする場所も森の中になります。
寝不足、脚の疲労、荷物の痛みなど肉体へのストレスは高く、だんだんと幻覚を見るようになります。疲労困憊の真夜中に木を見ると太った男の笑顔に見えたり、木々の葉っぱが大きな蝶に見えるのです。恐らく睡眠不足と疲労で、脳が勝手にイメージを作り上げているだけだと思いますが、初めて見ると「これが幻覚か・・・」と感慨に浸ることもできます。なお徒歩行進は何回やっても楽にならず、あまり慣れないので「徒歩行進は本当にやだ・・・」という隊員も実は結構います。ただ有事や災害時には車両が運用できないこともあるので、鍛えておくに越したことはないですね。
ドツき合いの銃剣道
陸上自衛隊に入隊すると「銃剣道」という競技も行います。銃剣道は銃剣をモチーフにした木銃を使い、先に相手の胸を突いたら一本となり、勝ちになります。剣道とは異なり、打突のみの競技で剣道というよりも槍術に近いです。銃剣道は防具を着用するので「大きなケガをしない」という理由から部隊で盛んに行われており、白兵戦術能力の向上や気力・体力を補う訓練として取り入れられています。
この銃剣道は中学校や高校の体育ぐらいのレベルではなく、強い隊員にひたすらボコボコにされることもあります。また防大卒の幹部が初めて着隊する際に「お祝い行事だから」と言って銃剣道を行うこともあります。もちろん勝てるわけがないので、ボコボコにされるのですが、ここで負けん気がを見せることが必要になります。一般企業で言えば研修が終わった新入社員に「歓迎だ!」と言って銃剣道をやったら一発でアウトですが、益荒男が陸上自衛隊では許されます。楽しい世界ですね。
なんだかんだ体力は必要
上記については特別に厳しい訓練というよりも「陸上自衛官としては当然のたしなみ」に近い基礎訓練になります。地本のおじさん達は「体力なくても大丈夫」というかもしれませんが、体力がないと正直厳しいと感じることは多いと思います。
私も人並みには体力がありましたが、それでも防衛大学校では普通か並以下ぐらいでした。ただ体力がなくても根性と気合いがあれば、強くなれるのでやはり最後には気持ちが大切とも言えます。つまり自衛隊は「体力はなくても大丈夫だけど、気合いと根性は大切」な組織と言えるでしょう。
さあキミも入隊しよう!
おわり